大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)65号 判決

控訴人

河野豊信

右訴訟代理人

太田常雄

外三名

被控訴人

千葉県知事

川上紀一

右訴訟代理人

滝口稔

右指定代理人

安田昭男

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴代理人は、「原判決を取消す。本件を千葉地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、つぎに付加し、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  行訴法八条二項三号の正当事由について

行訴法は、いわゆる訴願前置主義を採用した旧行訴特例法がかえつて国民の救済をはばむ結果をまねいた経緯にかんがみ、法令によつて審査請求等の手続が進められている場合でも、国民が行政庁への審査請求を求めるか、裁判所への出訴を選ぶか、あるいは双方の手続を同時に行なうかを、その自由な選択に委ねることにした。ただ、農地の買収や売渡などのように大量的、反覆的に行なわれる処分で、その処分が画一的になされるものについては、ただちに裁判所に出訴するよりも行政庁の審査手続に服させて実質的、個別的な審査をする方が妥当な場合があるため、例外として行訴法八条一項但書が設けられているのである。その目的は、行政不服審査法一条一項に明記してあるとおり、「簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに行政の適正な運営を確保する」にあり、換言すれば、旧行訴特例法の訴願前置主義と同様、「裁判所に出訴する前に当該行政処分の当否について一応行政庁をして反省を促し、処分の匡正の機会を与える」ことにある。

ところで、被控訴人は、本件土地よりも先に、その周辺の土地について、昭和三八年二月一日を売渡期日として未墾地売渡処分をしたので、これに対し、控訴人が昭和三八年四月一九日に審査請求をしたところ、昭和四〇年九月二四日、右請求を却下する旨の裁決がなされていたのであつて、しかも、右売渡処分と本件土地についての未墾地売渡処分とは、売渡の期日、相手方および対象を異にするけれども、売渡手続に瑕疵のある違法な処分である点では全く同一であつた。しかして、同一事案たる周辺の土地の売渡処分についてすでに審査請求が却下されているときは、かさねて本件土地の売渡処分について審査請求をしても、右と同様の理由で請求が却下されるであろうことは明白であつて、被控訴人に行訴法八条一項但書が目的の一つとした処分について個別的、実質的な審査をして当該処分の当否について反省する機会を与えることは無意味であり、かかる場合には、審査手続を経ずにただちに出訴することが許されるものというべきである。

(二)  本件売渡処分の取消を求める法律上の利益について

被控訴人は、本件土地を未墾地であるとして農地法六一条以下に定める未墾地売渡処分の手続にしたがつて売渡処分をしたのであるが、本件土地は農地であつて未墾地ではない。これは本件土地がそなえている固有の性質であつて、控訴人が未墾地買収処分の無効確認訴訟において請求棄却の判決をうけたことによつて性質が変容し、農地が未墾地になるわけのものではない。事実、千葉県や木更津市農業委員会の担当者の間には、右無効確認訴訟の控訴審判決の理由に示されたところにしたがい、本件の未墾地買収処分を取消して控訴人の借地権保全の措置をとるべきであるとの話がでていたのであり、控訴人自身も再三買収処分の取消をするよう県や農業委員会に陳情を重ねたところ、当局側では、いずれ本件土地を控訴人に売渡すかまたは貸付ける等なんらかの形で善処することを言明していた。このように、本件土地は未墾地ではなく特殊の経緯をもつた農地であるから、控訴人が農地法六三条二項所定の期間内に買受予約申込書を提出しなくとも、控訴人において買受けないしは貸付をうける期待権を有している土地であつて、これと牴触する本件売渡処分の取消を求める法律上の利益がある。

2  被控訴人の主張

(一)  行訴法八条二項三号の正当事由について

本件土地についてなされた売渡処分と周辺の土地についてなされた売渡処分とは、売渡の期日および相手方を異にする全く別個の処分であつて、両者の間には、先行処分と後行処分(たとえば差押処分と公売処分)の関係はもとより、密接な関連(たとえば本税の徴収処分と加算税の徴収処分)があるわけでもないから、周辺の土地の売渡処分に対する審査請求が却下されたからといつて、本件土地の売渡処分に対する審査請求が右と同一の理由で却下されるとはかぎらない。したがつて、本件土地の売渡処分について個別的、実質的な審査をして当該処分の当否につき行政庁に反省の機会を与えることが無意味であるとはいえない。

(二)  本件売渡処分の取消を求める法律上の利益について

本件土地は自創法三〇条一項一号により買収された土地であるから、農地法施行法六条一項により農地法四四条一項の規定によつて買収されたものとみなされる。しかして、右土地は同法六二条ないし六七条の規定する手続にしたがい売渡さなければならないものとされているが、控訴人は、同法六三条二項所定の期間内に買受予約申込書を提出していない。また、農地法上、農林大臣が管理する国有財産につき貸付をうけるためには、同法施行令一五条、同法施行規則四四条の規定により貸付申込書を提出しなければならないとされているところ、控訴人はこのような貸付申込手続をしていないし、農地法六二条の規定によつて土地配分計画が作成された土地等については、そもそも貸付は認められていない(同法施行規則四四条一項参照)。したがつて、かりに控訴人が本件土地の買収当時の賃借権者であつたとしても、農地法所定の手続にしたがい買受予約申込または貸付申込をしていないから、本件土地につき売渡または貸付をうける期待権を有するとはいえず、本件売渡処分の取消を求める法律上の利益を有しないものというべきである。

3  訂正〈略〉

4  証拠関係〈略〉

理由

一控訴人が本件売渡処分の取消訴訟を提起するに際し、行訴法八条一項但書、農地法八五条の二の規定により審査請求を経なかつたことにつき、行訴法八条二項三号にいう正当な理由があつたか否かを検討する。

1 まず、控訴人は、本件土地の周辺にある原判決別紙目録記載の各土地の売渡処分について審査請求をしたが、すでにこれを却下する旨の裁決がなされていた以上、実質的に同一の事案たる本件土地の売渡処分についてかさねて審査請求をする意味はないと主張する。しかしながら、控訴人も認めるように、本件土地の売渡処分と周辺の土地の売渡処分とは、売渡の対象たる土地、期日および相手方を異にするのであつて、両者の間には、先行処分と後行処分の関係あるいは基本たる処分と派生処分の関係も存在しないから、本件土地の売渡処分について個別的、実質的な審査をしてその当否につき行政庁に反省の機会を与えることが無意味であると即断することはできず、したがつて、周辺の土地の売渡処分に対する審査請求につき却下の裁決がなされているからといつて、本件土地の売渡処分について審査請求をする必要がないとはいえない。

2 つぎに、控訴人は、本件土地を除く周辺の土地の売渡処分に対する取消請求事件の調停手続において、被控訴人が、周辺の土地の占有者と控訴人との間で話合いがつけばその趣旨にそつて配慮する旨述べていたこと、その後右売渡処分が被控訴人により取消されたことなどから、控訴人としては本件土地をも含めて円満な解決ができるものと考えていたために審査請求をしなかつた旨の主張をする。そして、〈証拠〉によれば、なるほど、控訴人が提起した周辺の土地の売渡処分に対する取消請求事件の調停手続において、被控訴人が控訴人主張のような意向を示したこと、その後、右売渡処分が被控訴人によつて取消されたことの各事実を認めることができる。しかし、他方、右各供述によれば、調停期日が開かれたのは一、二回のみで、控訴人と周辺の土地の占有者間でなんらかの合意が成立した事実はないうえ、被控訴人が周辺の土地の売渡処分を取消したのは手続上のミスによるもので、本件土地の売渡処分についてもこれと同じようなミスがあつたという形跡はうかがわれないこと、控訴人が本件土地の売渡処分を確知したのは、周辺の土地の売渡処分が取消された後であつて、もはや調停の場を利用して本件土地の売渡処分と周辺の土地のそれとを同時に解決するという余地はなくなつていたこと、本件土地の売渡処分を確知した際、控訴人は、被控訴人の関係者が買受人である訴外阿部清七は不法占拠者であるから同人には絶対に売渡さないといつていたのにこれに反したとして被控訴人の措置を非難しており、本訴提起までの間に、本件土地の売渡処分が周辺の土地のそれと同じように取消されるのを期待して被控訴人の出方を見守るというようなこともなかつたことがそれぞれ認められるのであつて、右認定の事実にかんがみれば、控訴人が本件土地の売渡処分について審査請求を経ないでただちに取消訴訟を提起することを正当ならしめる理由があつたものということはできない。

もつとも、前記各供述によれば、控訴人は、周辺の土地の売渡処分が取消された後、被控訴人を相手取りさらに不作為の違法確認を求める行政訴訟を原裁判所に提起していたことから、右訴訟と関連させて審理することにより売渡処分に関する紛争を一挙に解決することを考え前記調停手続の再現を企図して本件の取消訴訟を提起するに至つた経過が認められるが、右は本訴提起の際の控訴人の希望ないし主観的事情にすぎないもので、審査請求を経ないことを正当ならしめるには足りないものといわざるをえず、ほかに正当理由の存在を基礎づけるべき資料はみあたらない。

二そうとすれば、本件の取消訴訟は、行訴法八条一項但書、農地法八五条ノ二の規定に違反する不適法なものであるから、本案請求の当否につき判断するまでもなく却下さるべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(吉岡進 兼子徹夫 太田豊)

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